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特に得意としている疾患

SPECIALITY

顔面神経麻痺

顔面神経麻痺の原因とタイプ別の症状

目次

Ⅰ.顔面神経と顔面神経麻痺について

顔面神経は、脳から出た後に多くの分枝を出して様々な役割の器官(唾液の分泌や、聴覚、味覚などに関与)を支配していますが、形成外科領域における顔面神経麻痺とは、顔の表情をつくる筋肉や神経に麻痺が生じる状態をさし、筋肉や神経の障害の原因、位置、程度などにより、さまざまな症状や後遺症が生じます。
これとは別に、顔の表面の感覚は、三叉神経という別の神経によって支配されます。

顔面神経の走行

<図2:顔面神経走行の図>

 顔面神経は、脳を出た後に多くの分枝を出しながら顔の深部を走行し、骨の中の道を通った後に、茎乳突孔という耳の後ろの穴から骨の外に出て、顔に分布します。形成外科では顔面表情筋の麻痺に対して治療を行いますが、顔面神経が脳に近い部分でダメージを受けると、大錐体神経、アブミ骨筋神経、鼓索神経なども障害されるので、それらの神経が関与する機能が障害されて、聴覚過敏、軟口蓋や舌の前2/3の味覚障害などを生じる場合があります。図2は、顔面神経走行の模式図ですが、顔面神経麻痺として出てくる症状を分析すれば、どこの部位で障害が起きたかを推測することができます。
顔面神経は、茎乳突孔を出たの後に表情筋に入るまでに多くの枝に分かれ、表情筋に入るころには非常に細くなっていて、眼~鼻~口への表情筋に入るまでに複雑なネットワークを形成しています。

病的共同運動について

上記のように、顔面神経は脳から1本で始まって、非常に多くの器官や筋肉を支配しています。これは、“どこかで顔面神経が切断されると、そこから神経が再生しても、元の器官や筋肉にたどり着くとは限らない”ことを意味します。したがって、唾液を分泌したり口を動かしたりする神経が涙を分泌する神経の枝に向かって再生すれば“食事を摂ると(唾液ではなく)涙がでる”ような症状が出るようになります(これは“わにの涙”と呼ばれています)。同様に、口を尖らせる(うー)神経が目を閉じる神経の枝に向かって再生すると、“口を尖らせると目が閉じる(食事を摂ると目が閉じる)”という動きになります。これを“病的共同運動”と呼んでいますが、あるていど以上太い顔面神経にダメージが及んだ場合には避けられない後遺症になります。

表情筋拘縮について

顔面神経がダメージを受けて、適切な神経シグナルが筋肉に行かない状態が数カ月単位で続くと、表情筋は変性して硬く短くなり、あまり伸び縮みしないようになってしまうことがあり、この状態を“表情筋拘縮”と呼んでいます。これは、神経が届いていない表情筋が(他の骨格筋とは異なり)筋紡錘を持たず、適切なフィードバックが効かない顔面神経のシグナルが無秩序に表情筋に届くことが原因の一つと考えられています。

表情筋委縮 / 表情筋消失

顔面神経が切断されて、神経シグナルが筋肉に行かない状態が長期間続くと、表情筋はどんどん変性して萎縮し、ついには消失してしまします。表情筋の種類にもよりますが、おおむね1年~1年半で、表情筋は不可逆的に変性して(機能消失)しまうことが分かっています。このことから、顔面神経が切断されたことが分かっていれば、早めの再建手術を行うことを推奨しています。

Ⅱ.顔面神経麻痺の症状とタイプ分け

顔面神経麻痺は、症状により以下の4つのタイプに分けられ、その違いよって治療法も異なるので、まず、4タイプの違いについて解説します。
本来の意味では、顔面神経が脳を出てすぐに完全に障害されたものが“顔面神経完全麻痺”ですが、形成外科で扱う顔面神経麻痺は表情筋の麻痺であるため、ここでは便宜上、表情筋の麻痺を基準にしてタイプ分けをして説明します。

  • A. 顔面神経完全麻痺
  • B. 顔面神経不全麻痺(病的共同運動と表情筋拘縮を合併するもの)
  • C. 顔面神経不全麻痺(病的共同運動と表情筋拘縮を合併しないもの)
  • D. 顔面神経部分麻痺

A. 顔面神経完全麻痺

<図3-A:右顔面神経完全麻痺>

 顔面表情筋のすべてが麻痺して動かない状態です。腫瘍の摘出手術を受けたときに、顔面神経がすべて合併切除された場合や、外傷で顔面神経が根元で完全切断された場合には完全麻痺となります。完全麻痺の症状は以下のようなものがあります。

1) 額にしわが寄らない(眉毛が挙がらない)ので、眉毛が下がってしまっている。そのせいで2)の症状がでる。
2) 上眼瞼皮膚がたるんで、上眼瞼が開かず、視野が狭くなり、とくに上側や外側が見にくい。
3) 目を閉じることができないため、目が乾いて痛い、涙が出る。
4) 下眼瞼がたるんで下垂し瞼が閉じづらく、見栄えも悪い。
5) 口が健側(反対側)に変位してしまっていて、笑うと、さらに口が健側に行ってしまうので、笑いたくない。
6) 口をとがらせようとしても動かず、うがいをすると水を噴き出してしまい、食べ物も漏れてでてくる。
7) 口角が、斜めに下がってしまっているので食べ物がこぼれて出てきてしまう。

B. 病的共同運動と表情筋拘縮を合併する顔面神経不全麻痺

<図3B:病的共同運動と表情筋拘縮を合併する右顔面神経不全麻痺>

 Hunt症候群やBell 麻痺により顔面神経麻痺になったが、ある程度回復したとき、腫瘍摘出のときに顔面神経がダメージを受けた(もしくは顔面神経を切ったが再建した)が、ある程度回復した後に生じる症状です。表情筋はそれなりには動きますが、意図した通りに動かなかったり、一緒に動いてほしくない筋肉が一緒に動いてしまったり(病的共同運動)、一部の筋肉が縮んだまま固まっている(表情筋拘縮)のが特徴です。“顔がいつも締め付けられているように固まっていて、顔を動かすとぜんぶ一緒に動く”と表現する患者さんもいます。
病的共同運動と拘縮の程度により違いはありますが、顔全体では、麻痺側の顔で表情筋が全体的に縮んで皺が深くなっているので、表情が険しく老けた印象を与え、具体的には、以下のような症状を呈します。

1) 平常時に眉毛が少し下がっていて、眉毛を上げようとしても少ししか上がらず、眼や口を動かすと少し上がったりする(前頭筋拘縮により平常時に眉毛が上がっている場合もある)。
2) 瞼はなんとか閉じるが、無意識の瞬目が浅く、風が強い日は目が乾く。
3) 口を動かすと瞼が閉じてしまう。とくに、会話中や食事中に瞼が閉じてしまって、うっとうしい。
4) 笑おうとしても口角や法令線が動かないのに、平常時はむしろ法令線が深くて固まっている。洗顔時などに瞼をギューッと閉じると、口角や法令線が外側に動く。
5) 常に頬部や口元、眼周りが締め付けられるように固まっていて不快である。
6) 平常時に下口唇が少し外にめくれて下がっているのに、下に動かない。
7) 口や瞼を動かすと、首の前の筋肉が縦の柱状に盛り上がり、引っ張られるので、不快で、肩凝りがする。

C. 病的共同運動と表情筋拘縮を合併しない(弛緩性)顔面神経不全麻痺

片側の顔の動きが弱く、Bのような表情筋拘縮や病的共同運動がないものです。ほとんどは幼少期からのことが多く、Aの完全麻痺の症状が様々な程度に見られます。

<図3C-1:幼少時からの右顔面神経麻痺>

・幼少時からの顔面神経麻痺
Aの完全麻痺の症状が、さまざまな程度で生じます。

1) 瞼を閉じる力が弱い
2) 3) 瞼以外にも片側の顔の動きが弱いところがあるが、このタイプでは、その側の耳が小さかったり、顔が少しやせていて小さかったりする場合と、顔の大きさは左右ほとんど変わらない場合がある。
4) いちばん問題になるのは、笑ったときに口角が上がらないことで、笑ったときに変形が目立つので、笑うのを嫌がるようになる。

<図3C-2:幼少時からの右口唇・口角下制筋麻痺>

・幼少時からの口唇・口角下制筋麻痺
片側の下口唇を下に引く筋肉のみ麻痺があるタイプで、他の表情筋の動きは正常である場合がほとんどです。

5) 平常時は普通ですが、笑った時に、麻痺側が下がらないために、下口唇が三角に変形する。笑ったときに変形が目立つので、笑うのを嫌がるようになる。

・その他
稀なものとして、アミロイドーシス、サルコイドーシスなどの全身疾患に合併するものでは、完全麻痺ではないですが、病的共同運動や表情筋拘縮がない状態で、両側で動きが徐々に進行性に障害されていくのが特徴です。

・幼少時からの両側顔面神経麻痺
顔面神経麻痺が両側に生じたもので、メビウス症候群、両側第1第2鰓弓症候群、その他のものがあります。

D. 顔面神経部分麻痺

<図3D:左顔面神経側頭枝単独麻痺>

 顔の一部だけが麻痺になり、その他の部分は正常なものです。顔に怪我をして、顔面神経の一部が切れてしまった場合や、顔の腫瘍摘出術を受けて顔面神経の一部を腫瘍と一緒に切除することになった場合などに生じます。
比較的頻度の多いものとして、こめかみに怪我をした際に、前頭筋にいく神経が切れてしまうと、おでこに皺が寄らなくなり、眉毛が上がらなくなります(図3D)。

Ⅲ.顔面神経麻痺の主な原因と形成外科を受診するタイミング

東大病院形成外科の顔面神経麻痺専門外来を受診する患者さんで、顔面神経麻痺の原因を多い順に挙げると、以下のようになります。「もしかして、顔面神経麻痺?と思ったら」の項でも述べていますが、形成外科を受診するべきタイミングは、原因によって異なります。

  1. Hunt症候群(ハント症候群)
  2. Bell 麻痺(ベル麻痺)
  3. 頭蓋内疾患(脳腫瘍摘出、脳梗塞、脳出血など)後
  4. 耳下腺などの悪性腫瘍切除後
  5. 幼少期からの麻痺
  6. 外傷
  7. その他

1. Hunt症候群 2. Bell麻痺

この2つは、いずれも「ある日、突然、顔が動かなくなる」という疾患です。このほとんどはウイルスが関係していると考えられていますが、発症時には、できるだけ早く耳鼻咽喉科を受診し、薬物による治療を受ける必要があります。耳鼻咽喉科での2週間ほどの急性期治療が終わった後は、回復期用薬剤の服用とリハビリを行いながら1年ほど経過観察し、できるだけよい回復を目指すことになります。
発症後に、いったんは重篤な顔面麻痺になっても、早ければ2~3週で、遅くとも4~5か月で、徐々に動き始めるのが通常の経過ですが、この動き始める時期が早いほど後遺症が少ない傾向があります。また、Hunt症候群の方がBell 麻痺より後遺症が残りやすい傾向があります。
発症後1年の時点で、通常は回復の最終到達点の90%以上に達するため、この時点で後遺症が残っていて、その改善を希望する場合に形成外科的手術治療を行うことになります。後遺症としては、様々な程度の「病的共同運動と表情筋拘縮を合併する顔面神経不全麻痺(図3B)」の形式をとります。
形成外科への受診は、発症後1年が目安ですが、発症後3~4か月経てば、その時点での回復程度により、後遺症の程度の予測できるので、発症後3~4か月以降に形成外科を受診していただければ、経過の見込みと形成外科で可能な治療法について、一通り説明することが可能です。

3. 頭蓋内疾患(脳腫瘍摘出、脳梗塞、脳出血など)後

主として聴神経鞘腫、顔面神経鞘腫、髄膜腫の摘出時に顔面神経がダメージを受けたり、脳梗塞、脳出血などの脳血管障害が生じたりすると、顔面神経麻痺を発症します。
顔面神経のダメージの程度により、その後の回復度合いが違ってきますが、腫瘍摘出で顔面神経が切断されてはいない(ダメージのみ)の場合は、Hunt症候群やBell 麻痺と同様な経過をたどることになります。顔面神経が切断された場合や脳血管障害が重度な場合は完全麻痺のまま回復しないため、このような状況であれば、表情筋が消失しないうちに早急に形成外科的再建術を行った方が良い場合もあります(顔面神経からの刺激がなくなった表情筋は進行性に萎縮し、1年~1年半ほどで消失してしまいます)。いずれにしても、担当の脳神経外科(また脳神経内科)の医師にダメージの程度の説明を受け、それによって、“待機して回復を待つか”or“形成外科を受診して再建手術を受ける”かを決めていただくことになります。

4. 耳下腺などの悪性腫瘍切除後

耳下腺腫瘍の摘出時に、顔面神経が一緒に切除されたりダメージを受けたりすると、顔面神経麻痺になります。
顔面神経が合併切除されたり切断されたりしたときは、腫瘍の摘出手術時に神経縫合、神経移植などの再建術が行われることがあります。この場合は、1~2年をかけて神経が回復してきますが、元通りにまで回復することはなく、回復後にHunt症候群やBell 麻痺後と同じような後遺症(病的共同運動と表情筋拘縮を合併する顔面神経不全麻痺(図3B))が残るので、この場合は、患者さんの希望があれば、形成外科的手術を行います。顔面神経の再建がなされない場合は完全麻痺になり、自然回復は見込めないため、腫瘍の病状を勘案しながら時期を検討して、再建手術を行います。
一方で、顔面神経が切断はされていない(ある程度のダメージを受けただけ)場合は、Hunt症候群やBell 麻痺と同様な経過をとることになります。

5. 幼少期からの顔面神経麻痺

生まれてすぐから症状が顕著なものと、成長にともなって気づかれるものがあり、麻痺側の顔が小さかったり、耳が小さかったりする場合もあります。
顔全体の不全麻痺、口唇・口角下制筋麻痺のいずれの場合も、構語や摂食の問題が生ずることは稀なので、治療は整容的な改善が目的となります。現実的に問題となるは、笑ったときの口の変形であることが多いので、動きが強く障害されている場合は、適宜、受診していただくことになります。

6. 外傷

顔面の深い切り傷を受傷した場合は、顔面神経の一部または全部が切断され、顔面神経麻痺が生じることがあります。この場合は、可及的早期に神経縫合をする必要があるので、至急、形成外科を受診するようにしてください。また、側頭部や顔面強打により側頭骨骨折を受傷した場合に、顔面神経がダメージを受け、顔面神経麻痺になることがあります。この場合は、耳鼻咽喉科や脳神経外科で評価をして、必要があれば顔面神経減圧術を行うこともあります。いずれにしても、ある程度太い部分で顔面神経が切断されて場合は「病的共同運動と表情筋拘縮を合併する顔面神経不全麻痺」として後遺症が残る可能性が高いので、後遺症が重度の場合は、希望があれば、形成外科で治療を行うことになります。

7.その他

希な疾患ですが、アミロイドーシス、サルコイドーシスなどの全身疾患に合併するものがあり、両側で動きが徐々に障害されていくのが特徴です。Hunt症候群 やBell 麻痺のように突然麻痺になるのではなく、徐々に片側の麻痺が進む原因不明のものもあります。これらの疾患を脳神経内科や耳鼻咽喉科などで診断され、症状の改善を希望される場合は、適宜、形成外科を受診していただくことになります。