「無意識に自然に笑えない」が悩みの方へ
目次
Ⅰ.「無意識に自然に笑えない」が悩みの患者さんに対する、当科の方針
「無意識に自然に笑えない」(不意に笑ったときに口角が上がらない)と悩んでいる患者さんに対して、当科では「神経を対側(健側)顔面神経につなぐ遊離広背筋移植」をご提案しています(図2A)。図2Aで示されるように、この手術は、顔の目立たないところのみの切開で、行うことが可能です。

われわれは、「無意識で自然な笑い」を獲得するための唯一の方法が「神経を対側(健側)顔面神経につなぐ遊離筋肉移植」であると考えていて、以下のような患者さんに手術を行っています。
①顔面神経完全麻痺
②弛緩性(病的共同運動と拘縮を伴わない)顔面神経不全麻痺(幼少時からの顔面神経麻痺がほとんど)
③病的共同運動と拘縮を伴う顔面神経不全麻痺
①②については、患者さんの希望があれば、ふつうに手術を行っています。
③の患者さんでは、“笑ったときに口角が少しはあがる”ことが多く、①②に比べて軽症であるにもかかわらず、病的共同運動と表情筋拘縮がある分、①②の患者さんより複雑な手術が必要になるため(それらについては、この項目の最後に述べます)、患者さんと十分に話し合ってから、強い希望がある場合のみ、手術を行うようにしています。
Ⅱ.何故?他の手術法ではなく「神経を対側(健側)顔面神経につなぐ遊離広背筋移植」なのか
世の中では、側頭筋移行術や舌下神経を使う各種の手術を勧める施設も多いようですが、当科では、以下の理由により行っていません。
・側頭筋はそもそも咀嚼(食べ物を噛んで細かくする)のための筋肉であり、“噛んで笑う”という非生理的で不自然な機序により口角を上げる手術であるため
・側頭筋移行術では、噛むと口角が上がるため、食事の際にも噛むたびに口角が上がるという運動が生じる不都合があるため
・舌下神経は舌を動かすための神経であり、“舌を使って口角を上げる(笑う)”という、やはり非生理的で不自然な機序であるため
・上記の方法では、とっさに笑うときに、噛んだり舌を動かしたりする必要があり、現実的に、「自然に無意識に笑う」ことは容易ではないため
一方で、「神経を対側(健側)顔面神経につなぐ遊離広背筋移植」では、口角挙上を意識する必要はなく、ふつうに笑って健側(対側)の口角があがれば、それにシンクロ(同期)して、麻痺側の口角があがり、意識せずとも笑うことが可能になります。さらに当科では、移植筋肉の長さや配置を工夫し、口角挙上だけでなく、できるだけ眼も笑っているように見えるようになる再建を目指しています。
当科では、他の手術法で笑いの再建を行った後の患者さんに対しても、本術式を用いた手術を行っています。
しかしながら、「神経を対側(健側)顔面神経につなぐ遊離広背筋移植」にも弱点がないわけではありません。この手術では、
・まったく動ない患者さんが、5%ほどいます
・全く動かないリスクが増える要素として、以下の2点が経験されています。
がん切除後で、頸部郭清や放射線照射が行われている
他院で筋肉移植を行って動かなかった場合の再手術
・上記の危険因子がない場合、まったく動かない可能性は5%より少なくなりますが、動かない主たる原因は筋肉移植時につないだ血管の血栓・閉塞と考えています。
この手術では、移植した筋肉を生かすために、筋肉を栄養する1~2mmの動脈と静脈を顔の動脈と静脈につなぐ必要があります。1~2mmの動脈や静脈は、顕微鏡を使って吻合しますが、それには高度なテクニックが必要です。われわれはこれを得意としていますが、神様ではないので、100%の開存させることは困難であるのが現状です。1~3%は血栓が生じて、血管が閉塞してしまい、筋肉が機能しなくなってしまいます。この血管の閉塞は医療ミスではないことをご理解いただく必要があります。
・全く動かない患者さんのほかに、「動きが、かなり弱い」患者さんが、5-10%ほどいます。
以上のような弱点はありますが、無意識に自然に笑えるようになるためには、この手術法が唯一と考えていますので、「自然に無意識に笑えるようになりたい」場合は、一度、当科を受診して話を聴いてみていただければと思います。
また、筋肉移植の中で、神経を対側(健側)顔面神経につなぐだけではなく、患側の咬筋神経にもつなぐ術式があり、患者さん本人の希望があれば行っています(図2B)。

しかしながら、咬筋神経は側頭筋と同様に、あくまで咀嚼を行う咬筋を支配する神経なので、「食事の際に咀嚼すると勝手に動いてしまう」、「動きが強すぎる」などのいう欠点があり、当科では、あまり積極的には行わなくなっています。口角が上がるようになる可能性が少し増える利点はあるため、不自然な動きが出やすいことを理解していただいた上で、患者さんの希望があれば行うことにしています。
Ⅲ.病的共同運動と表情筋拘縮を伴う顔面神経不全麻痺の患者さんに対してこの手術を行う場合
③のタイプの顔面神経麻痺の患者さんでは、“笑ったときに口角が少しはあがる”ことが多いため、どうしても満足度が低くなる傾向があります。①②の患者さんでは、口角が全く上がらず、口が反対側に行ってしまうような状態なので、手術によって、口が反対側に行かず、口角がある程度上がって自然に笑えるくらいであっても、大きな満足度を感じていただけるようです。一方で、③の患者さんでは、「少しは動いているけど、まったくの左右対称を求めたい」患者さんが多いため、おしなべて満足度が低くなるものと考えています。
また、③の患者さんでは、病的共同運動と拘縮があるので、単に筋肉移植を行うだけではなく、硬く動かなくなった元からの表情筋や神経を一部除去しなければ良好な結果が得られないため、より複雑な手術が必要になります。
以上により、このタイプの患者さんに手術を行う場合は、十分に説明をして納得していただいてから手術を行うことにしています。詳細については、受診され、手術を受けることを検討されたときに説明するようにしています。
Ⅳ.下制筋単独麻痺の患者さんに対しての「無意識で自然な笑い」の再建
特殊な顔面神経麻痺の1つとして、口唇・口角下制筋の単独麻痺があります。幼少期からの患者さんのほかに、頚部腫瘍の摘出手術をした後の患者さんからも、ときどき相談を受けます。
このタイプの麻痺については、当ホームページの「顔面神経麻痺に対する治療の時期と方法」に治療法がかかれていますので、こちらをご覧ください。